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城ケ島 2/3

城ケ島 2/2 です。

城ケ島公園の展望を楽しんでから、ウミウの生息地に向かいました。


天然記念物のウミウの生息地、展望台です。
ここからは赤羽海岸、東側の岸には毎年10月下旬になると、ウミウ、ヒメウが遠く千島列島から
渡来し、翌年の4月まで見ることができます。
今頃の寒い時期来なければみられません。

約一千羽にも及ぶ鵜の乱舞は城ケ島の風物詩なっています。

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崖に白く見えるものは鵜の糞です。

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岬の先端に「ウジャウジャ」いました。

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鵜の生息地を見てから、急な道を海岸に向かって下っていきました。

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海岸線が見えてきました。

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城ケ島の見どころの一つ「馬の背の洞門」の上に来ましたが、「危ないので上に乗らないで」と
言う注意書きがありました。

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馬の背の洞門、別名メガネ洞門、めぐりの洞門、とも言われます。
自然が作った海蝕洞穴で、長い年月をかけて波浪、風雨によってこのような形になったものです。
大きさは、高さ8メートル、横6メートル、厚さ2メートルです。

自然の働きってものは、人智を超えていますね。
素晴らしい芸術品だと思います。

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馬の背の洞門を後にして海岸線のハイキングコースを歩きました。
面白い形も岩が有り楽しく歩けました。

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この岩は何に見えますか、私は犬の頭に見えました。

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そろそろ腹も減ってきたころになりました。
城ケ島の灯台が見えてきました。

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此の付近の地名は長津呂と書き、ナガトロと読みます。
この入江から城ケ島めぐりの遊覧船が出ています。
地元の漁師が穴場、スポットを案内してくれます。

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この草?の名前がわかりません。

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城ケ島というところは暖かい場所だとわかりますね。
アロエの花の中には甘い蜜があると聞きました。

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城ケ島 2/2 を終わります。
by a7617 | 2014-02-28 07:53

城ケ島 1/3

 城ケ島
2月21日(金曜日)に城ケ島に行ってきました。
今年2月は大雪が二回も降って、水仙が全滅とのうわさも聞き、心配してみてきました。

今回も三回に別けて貼ります。



「雨はふるふる 城ケ島の磯に 利休鼠の雨がふる・・・」
城ケ島と言えば「北原白秋」でしょう。
帆型の自然石に白秋の自筆の文字を刻んだ詩碑
は城ケ島大橋の真下の景色のよい場所にあります。

隣接する白秋記念館は時期外れのためか閉まっていました。

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目の前が三崎港でマグロ船と思われる大型の漁船が係留されていました。

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カモメの大群。

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先日の雪で城ケ島の「水仙は全滅」と聞きましたが、けなげにも顔を見せてくれました。
城ケ島公園に行く道際に咲いていました。

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城ケ島公園の中の遊歩道です。
車も走れそうなとてもきれいで、広々としています。

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展望台に上ってみました。

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今日は春霞で遠くはかすんでいましたが、房総半島が良く見えました。
とがった山が「鋸山」ですが見る方向によるのでしょうか、あの山特有の
のこぎり状のかたちが見えませんね。

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海面が春の日に輝いていました。
漁船でしょうか。

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公園内の歩道のタイルです
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展望台から天然記念物
ウミウを見に行きます。
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ウミウの展望台まではちょっとした山道でした。
タンポポが咲いていました、もう春はすぐそこです。

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by a7617 | 2014-02-27 08:04

郷土の森 博物館 3/3

郷土の森 博物館 3/3です



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もう少し早ければもっときれいに見えたのかもしれませんんうね。

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福寿草が芽を
出していました。

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郷土の森には「蝋梅の小路」があります。
この公園の梅は三分咲きでしたが蝋梅は満開でした。

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旧府中町立府中尋常高等小学校校舎

府中市立府中第一小学校の校舎として1979年(昭和54年)まで100年以上使用された
2階建ての木造瓦葺き校舎の中央部分である玄関周辺を移築復元している。
北多摩郡最大級の大きな規模であった。
建築年代 - 1935年(昭和10年)
ご参考までに戦前の(古い言い方ですが)日本の
GDPが最高の時が昭和10年です。
何を持って国力の最高と言うのかは難しいとおもますが
「GDP」という数字からも国力を見ることができると思いまます。


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教室内です。
オルガンがありました、いい雰囲気が出ていますね。

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旧市役所裏の座敷に段飾りのお雛様が飾ってありました。
このお雛様は個人の寄贈品だそうでした。

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ここまで見ていただきまして、有り難うございました。
これで郷土の森博物館散策を終わります。
by a7617 | 2014-02-25 20:35

郷土の森 博物館 2/3

梅まつり見物続きです。

こういう晴天の日は「偏光フイルター」を使うと綺麗に撮れるという先輩の
アドバイスで使ってみました。

上の写真は偏光フイルター、無で川の波が光っています。
下の写真はフイルターを付けたもので、流れのきらきらする反射がほとんど取れていますね。

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典型的なハケ下(立川段丘のがけ下)の稲作農家。
この家は寄棟つくりの屋根です。
建築年代 - 江戸後期

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出入り口、上にあったうちわですが「魔除け」に使ったものでしょうか。

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全景写真の右側の入り口側から撮りました。
室内の様子ですが、広間を中心とした部屋割りで
江戸期の古い形式が残っているといいます。

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開花する時期の梅は香りが強いですね。

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下三枚「唐梅」ですが唐梅とは蝋梅の別名という説もあります、
が、ここには間違いなく唐梅と表記してありました。

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旧三岡家長屋門

是政村名主、三岡家分家の建築物であり、両側の部屋は屋根の下を含めて、全て厚い
土壁でおおわれる総塗り込め蔵造りの置屋根形式という、珍しい形式の長屋門。
この形式の長屋門は都内ではここ以外現存していません。

建築年代 - 1829年(文政12年)

東京都指定有形文化財(建造物)

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猫柳かな。

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ここでお昼になりました。
ラーメンを食べたのは何年ぶりかな・・・。

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ここまで見ていただきまして、有り難うございました。
by a7617 | 2014-02-24 08:57

郷土の森 博物館 1/3

表題のところで「梅まつり」が行われているとの事で観賞に行ってきました。


出発地は南武線分倍河原駅からです。
バスもありますが歩いても15分ほどのところです。

駅前の「新田義貞公」の銅像。

銅像のある場所が、1333年に新田軍と幕府軍が分倍河原で初めて大軍同士が激突した所です。
多摩川を背にして後がない幕府軍は、決死の勢いで戦い、新田軍は入間川まで後退した。
しかし新田軍に味方する武士が増え、翌16日、新田軍は幕府軍を圧倒し、
再び南下した分倍河原で激しい戦闘となり双方で数千人の死傷者が出たほどであった。
さらに関戸河原にまで南進した。ついに幕府軍は敗れ北条泰家はわずか500騎で、
辛くも鎌倉へ逃げ帰ったと記録されています。

この戦いでほぼ鎌倉幕府の命運が尽きた戦いでした。

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公園の入場料は200円でした。
今月の14日に降った雪がこの日(20日)まだ残っていました。

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旧府中町役場庁舎です。
大正時代の洋風建築らしさがよく表れた役場建築。
玄関側はドーマーウィンドウをもつ洋風下見板張りの2階建て。
裏手に和風の平屋がつながってあります。

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旧島田家住宅
江戸時代から続いた商家。移築に際しては建築当時の伝統的な工法を再現ししてあります。
建築年代 1888年(明治21年)

職員のかたがせっせと雪かきをしていました。
この雪のおかげで中には入れませんでした。

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旧田中家住宅
幕末~明治期の呉服店で、府中宿の代表的な大店。
明治天皇の「御座所」としても使われた奥座敷を移築し、
当時の資料を基に屋敷全体を復元。
建築年代 - 明治初期

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ほぼ全景です。

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中庭。

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重厚な建物です。

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ここにこんな物が有りました。

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壁を作るときの下地の竹の組み方を展示してありました。

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かんじんの、梅は木にもよりますがまだこんな程度の咲き方でした。
ただ、香りは鼻の馬鹿な私でも、感じましたとてもよかったですよ。

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旧河内家住宅。
ハケ(武蔵野台地の立川崖線をいう)上の養蚕農家。養蚕が盛んだった明治後期の姿を復元している。
建築年代 - 江戸中期

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北側には氷柱が下がっていました。

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by a7617 | 2014-02-22 11:13

外見と中身

人は外見だろうか、中身だろうかこれは悩むところですがですが
外見ではなく、中身が大事だという方もよくいるね、つまり両方大事だね。
人は外見にとらわれるという。
つまり外見は中身とは全く無関係ではないからだと思う。
外見で判断するか、中身で判断するか其の是非はともかく
普通、人はその両方から判断しているだろうと言へるだろう。
しかし
巧みに外見を装えば、中身以上に見せることが出来る。他者からの評価も上がる。
詐欺師は身なりをきちんとしていることが多いが其れは
「身なりをきちんとしている人は人間的にもきちんとしている」と思う心理を利用したものだ。
生々しい言い方に成るが美男と醜男(ぶおとこ)がいれば女性は普通、美男の方に好意を抱くし
美女とブスがいれば男性はどちらに好意を持つかといえばこれも美女に決まっている。
これは美男、美女の方が遺伝的に優れているという本能的に思うためといわれている。
(これは本当の話ちゃんと心理学の本にも書いてある)

其れを裏付ける実験を聞いた。
信号待ちをしているとき、赤信号を無視してわたると
周囲の人がどう反応するかを調べた学者がいる。
その結果は、作業員風の男性が信号を無視して交差点をわたった場合
殆どの人が其れを黙ってみていた。
これに対してネクタイ背広姿の立派な姿の男性が信号無視して渡り始めると
釣られて渡ってしまう人が増えたのである。

外見が良い人間が好印象を受けやすいのは、服装に限らない。
身長も、低い人より高い人の方が良い印象をもたれることが
心理学でも明らかになっている。
(本にはソウ書いて有るが、極端でない限り私は疑問ですが??)

とは言いながら現実は生まれつきの美男、美女などやたらにはいない。
(宝塚のトップスターの様な女性などやたらにはいない)
そこで女性の場合には化粧で飾ることも出来る。
男も身なりで繕うこともできる。
穏やかな表情、落ち着いた立ち居振る舞い、清潔な服装
これらもうわべを装う条件だろうと思う。

但し男の場合に限って言えば、「指導力」と「優しさ」が無ければ
女性に直ぐ見破られるから、気を付けた方がいいよ。





写真説明
国立博物館前で「日向ぼっこ」している人たち。

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by a7617 | 2014-02-21 19:59

こいしく

しのぶれど 色に出でにけり わが恋(こひ)は
     ものや思ふと 人の問ふまで
誰でもわかっているとは思いますが念のためにこの句の意味は、
隠してきたけれど、顔や表情に出てしまっていたようだ。
「どうしました、恋の想いごとでもしているのですか?」と、人に尋
ねられるほどになってしまったと、言う意味です。

冗談かもしれないが結婚届の用紙と一緒に「離婚届の用紙も下さい」と、もらって
かえる新婚夫婦が居たとか。
恋愛と言うものがそんなに軽く出来る物なのだろうか。

男からでも女からでも構わないが、心の中で相手を思う事だけでも、それは立派な恋であると思う。
むしろそういった恋愛感情を抱くことによって、人の気持ち、心使いを理解していくことの方が多いのかもしれない。

こういう言い方がある、二つ文字、牛の角文字、すぐな文字、ゆがみ文字ぞと、
君はおぼゆる

この意味は
二つ文字、平仮名の「こ」
牛の角文字、「い」と言う字は牛の角に似ている。
すぐな文字、「し」の事
ゆがみ文字、「く」の事
これをつなげると「こいしく」(恋しく)となる。
相手を恋いしくと思う事をストレートに表現することさえも恥ずかしい思う気持ち。
これを柔らかく言うと「二つ文字、牛の角文字、すぐな文字、ゆがみ文字ぞと、
君はおぼゆる」と言う意味になります。

小説 宮本武蔵の中で、武蔵は「お通」を思って胸が張り裂けそうになりながら
「みだりに好きと申してはならぬのが、武士の心なのだ」と耐え忍ぶ。
この言葉は有名な「葉隠」に出てきます。

寒さも峠を越えつつありますね。
来週は暖かくなりそうですね。

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by a7617 | 2014-02-20 19:54

ゆうじょこう  村田喜代子 著

このお話の舞台は明治36年5月の熊本の遊郭「東雲楼」。
其処に鹿児島の南の島、硫黄島から親の借金の為に15歳の少女
「イチ」が娼婦として働きに来る。
彼女は海に暮し、ほとんど教育を受けていない。一緒に来た他の少女たちも同様。
そこでイチ達はそろって学校に行き始める。
この時代政府は西欧への対面から人身売買を建前上禁止し、廃娼令が敷かれ娼婦にも
教育を受けさせるように命じたのである。

イチ達は作文を習い、漢字も少しずつ覚え書く楽しみを知っていく。
イチは見たこと聞いたことを島の島の訛りで話、書くから作文は何ともおかしく、そして哀れな日記となる。
作者は島育ちの自然児イチの文、日記を核として一人の遊女の考え方を描いていく。

イチは廓で多くの事を学んでいく。男女の体の違い、性愛の技、世の中の仕組み、人の嫉妬、金銭の厳しさ等々。

同時に明治維新で没落し士族の娘ながらカッテは廓で娼婦として働いていたことのある師匠(先生)から男女平等などの思想も習う。
だがイチにはピンとこない。
なぜなら自然児のイチにはウミガメも牛も馬も生きているものすべてが友達であるからだ。
此れが作者が我々に言いたかった本書の意図だと思った。

物語の最後は救世軍などの廃娼運動が盛り上がり、イチを含め娼婦が力を合わせ東雲楼を出ていく展開で終える。

作者はイチの考え方を通して、人が人と共に生き、自然と共に生きる大切さを、
世の中が変わっても、当たり前の考え方を思い起こさせたかったのだろうね。


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by a7617 | 2014-02-18 08:39

空想力の素晴らしさ

私たちはみんな有意義な人生を送りたいと望んでいる。
大きな喜びを得たいと、大きな欲望を満足させたいと望んでいる。
そして新しい出会いを期待しながら生きている。
知らない国、知らない土地に行き何か心躍る素晴らしい体験をしてみたいと。
そしてさらに大きな欲望をもつ。

私たち人間が動物と違うところは絶えず自分を超えてゆこうとする性質であろう。
つまり、動物のように目的が外界から与えられるものではなく、想像で作り出していくものである。
何かを知ろうとするのは、目的を知るということかもしれない。
目的の探求は私たち人間の最も本質的なものであるのかもしれない。



写真は船上からの「みなとみらい」です。
左側の高いビルが県警本部、その右下の赤建物が
赤レンガ倉庫、右側の白く、かまぼこ型の低い建物は海上保安庁で
このかまぼこ型の建物の中に、不審船が展示されています。


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by a7617 | 2014-02-17 07:58

今日の一言

男が女を選び、女が男を選ぶことの中には、
  選んだその人の全人格が現れている。
      ─ 佐藤 愛子 ─
      『愛子の女大学』

私は人を見るときには、その人の友人を見て判断します。
どのような友人、どのようなタイプの恋人を選んでいるかによって、その人の
人柄が良く判ります。



写真は先月の満月です。
同じ時間に撮っても、満月の位置と空の明るさは毎月変わります。

元日の日の出は6時55分ですが昨日の日の出時間は6時30分です。
この時間は新聞の天気予報欄に出ています。

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by a7617 | 2014-02-14 09:56