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かわさき市民アカデミー 2

しみんアカデミー屋外学習 2



東海道線のガードをくぐると来宮神社です。
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樹齢二千年のクスノキで私はこれを見て、
この木が二千年の間何を見てきたかのと・・感じました。


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この辺りから見ると天に上る龍に見えましたが、考えすぎでしょうか。
私は初めて見ましたので、ただただ驚きでした。

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来宮神社にはもう一本大きな楠があります。

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これはついでのおまけですが
昔、河津桜を見に行ったときに河津にも天然記念物の大きな楠がありました。
杉鉾別命神社(スギホコワケノミコト)にありましたが、ここも来宮神社とも言われています。
この木は樹齢千年以上、周囲14メートル、高さ24メートル、不思議なことに見物客が
ほとんどいませんでした。

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来宮神社から梅園までの道筋に熱海桜の並木道がありました。
暖かい日差しを浴びて 「もう咲くぞ!」と、言っているように見えました。

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by a7617 | 2013-01-31 09:37

かわさき市民アカデミー 1

かわさき市民アカデミー 野外学習で熱海に行ってきました。



熱海駅前に展示してありました。
この機関車は明治40年から大正10年まで熱海~小田原間、25Kmを2時間40分かけて走りました。
大きさは長さが3.6m 高さ2.14 幅1.3mです。
ちなみに現在の東海道線は熱海~小田原を25分 新幹線は10分で走ります。 

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立派な棕櫚の木です。
幹にベルト状のものが綺麗につきました。
垂れた枝が残ってベルト状になります、新しい枝は出ません。
珍しいものだそうです。
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最乗寺にあります。
お釈迦様がこの機の下で悟りを開いたといわれる「インド菩提樹」ですが我々が普段、菩提樹と読んでいるものとは違います。
この木は日本では温室の中で育てるそうですが、ここ熱海にあるということは熱海が暖かいという事の証拠で「霜無地帯」、0度以下になりません。
熱帯の木、ガジュマルのように気根が出ています。
立派な木です。

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「インド菩提樹」の葉はご覧のように葉の先がとがっています。

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湯前神社

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これも立派な木ですね。
熱海市指定文化財 天然記念物 湯前神社の楠 幹囲7.2m 高さ17m。

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熱海市指定文化財 史跡大湯間歇泉泉跡。
現在は機械仕掛けで間歇泉にしています。 

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こんなものがこの間歇泉の中にありました。
オールコックとは初代駐日公使です。

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by a7617 | 2013-01-30 10:28

散策 愛宕山~浅草 その3

新橋の鉄道発祥の地、博物館を見物

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カレッタ汐留

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この画像は2012年暮れの、カレッタ汐留イルミネーション 3D映像です。

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浜離宮の中ですが行くたびに高層ビルに囲まれているのがわかります。・

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この船に乗りました、550人乗りの大きな船です。

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竹芝桟橋の端の方にこんな物が有りましたがまるでクジラのしっぽみたいですね。
なんでしょう?わかった方教えてください。

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船は勝鬨橋の下を通りました。

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約50分ほどの船旅、浅草に着きました。
楽しい思い出を有り難う。

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by a7617 | 2013-01-29 20:46

散策 愛宕山~浅草 その2

愛宕山の放送博物館を後にして、愛宕神社にお参りしました。



愛宕神社です。

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こんな山の上にいけががありました。
水源は上水道だそうです。
昨年の東日本大震災で地盤にひびが入ったらしく、水が漏れて大騒ぎになったそうです。

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「桜田門外のの変」の時、大老、井伊直弼を襲った水戸の浪士が此の神社に
お参りしてから桜田門に向かいました。

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この階段は出世階段と呼ばれています。

以下HPより

江戸三代将軍、家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣のお帰りにここ愛宕神社の下を通りました。
家光公が、愛宕山に源平の梅が咲いているのを目にされ、「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命ぜられました。
しかし、この愛宕山の石段はとても急勾配です。歩いてのぼり降りをするのも、ちょっと勇気が必要なのに、馬でこの石段をのぼって梅を取ってくることなど、とてもできそうにありません。

家臣たちは、みな一様に下を向いております。
家光公は、みるみる機嫌が悪くなってきます。
もう少したてば、怒りバクハツ!というそのときに、この石段をパカッ、パカッ、パカッとのぼりはじめた者がおりました。

家光公はその者の顔に見覚えがありません。
「あの者は誰だ」「恐れながら、あの者は四国丸亀藩家臣、曲垣平九郎と申す者でございます」
「そうか。この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、誠にあっぱれである」
平九郎は見事、山上の梅を手折り、馬にて石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上いたしました。

平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと伝えられております。
この故事にちなみ、愛宕神社正面の坂(男坂)を「出世の石段」と呼び、毎日多くの方が、この男坂の出世の石段を登って神社にお参りにみえております。

なお、実際に神社にみえた方は男坂をごらんになって、「こんな石段を馬が上れるわけがない。
曲垣平九郎の話は講談だからウソだろう」と思われるのですが、江戸以降にも男坂を馬で登り降りすることにトライをして、成功している方が何人かいらっしゃいます。

明治15年・石川清馬(セイマ。宮城県出身)
大正14年・岩木利夫(参謀本部馬丁)廃馬になる愛馬のために最後の花道をつくった)
昭和57年・渡辺隆馬(タカマ。スタントマン)

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愛宕神社を下りて昼食を思い思いに摂りました。
私のものは850円でした

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新橋四丁目の交差点にあります。
この辺りは区画整理で町の様子が変わってしまい探すのに手間取りました。
忠臣蔵の話は、かなりの演出・創作・脚色が行われており、
必ずしも史実の通りではないこともあるそうです。

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浅野匠の守終焉の地の近くに「切腹最中」を売っている店があります。


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by a7617 | 2013-01-28 10:41

散策 愛宕山~浅草 その1

愛宕山~新橋~浜離宮~浅草

街歩きをしてきました。

愛宕山 NHK放送博物館


放送博物館 

この博物館は放送に関する様々なものがたくさんあります。
一度は見学する価値は有ると思います。
入館料は無料です。

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古いテレビ 「お~俺んちこれで見てたよ」でした。

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昭和天皇がご覧になっておられたテレビ。

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古いラジオ、このあたりは記憶があいまいで、「どれできいたかなー」でした。

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終戦時、NHKから放送された「玉音放送」の録音盤。
本物で、ガスを封じて劣化しないようになっています。

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昭和天皇が自らの、玉音放送をお聞きになったラジオ。

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昭和天皇の声を録音するために使った録音機、本物。

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玉音放送時にアナウンサーが使った原稿。

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終戦を決定した地下壕の会議の様子。

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世界で初めて行われたテレビ放送の実験機。
左のカタカナの「イ」の字を、机の上の撮影機で、右端の受像機に
見えにくいですが「イ」が映っています。
これはレプリカです。

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by a7617 | 2013-01-27 13:07

昭和  戦争と天皇と三島由紀夫 保坂正康 著

昭和 戦争と天皇と三島由紀夫 保坂正康 著

昭和史研究で定評のある作家・保阪正康氏が、ベストセラー『昭和史』の著者半藤一利氏、三島由紀夫研究の第一人者の松本健一氏、気鋭の天皇制研究者で『大正天皇』の著者でもある原武史氏らと、「日本人は昭和史から何を学ぶことができるのか」を過激に語り合う対論集。

ほとんどの方は、三島由紀夫という作家には、相反する二つの評価を与えている。
私も「日本の美」を描き出した文学者としての三島の業績は誰にも否定できないであろうと思っている。
ノーベル賞候補にもなったくらいであるから。
実際、一時期三島の作品を集中的に読んでいたのである。
今でも、人間の輪廻転生を描いた『春の雪』は三島文学の最高傑作だと思っている。

二・二六事件と三島由紀夫
101ページ
戦後民主主義の憲法第一条が「国民の天皇」だからですね。これを受けた形で、戦後民主主義憲法の
第一条は「天皇の地位、国民主権となっている。その最後は「(天皇の地位は)国民の総意に基づく」。
国民の総意に基づくと言う事は、国民選挙をするわけではないけれど、言ってみれば民主主義の原理が働いているわけですね。それが国民主権。憲法第一条にある天皇規定条項と言うのは民主主義の原理である。ところが憲法第二条になると「皇位は世襲の者であって」と書いてある。世襲と言うのは民主主義でも何でもないのではないか。天皇の子供が天皇になると言う理由だけで皇位を継承する。民主主義原理でなくて。これは生物学的原理である。憲法第一条は国民主権、民主主義原理であって、天皇条項の二条になってくると世襲制と言う非民主主義的な生物学原理によって規定されている。こんな曖昧な憲法は変えなくてはいけないという三島さんの主張になる。

昭和天皇と宮中祭祀  134ページ
内装と言うのは、臣下が非公式に天応に上申することを意味します。戦前には東条英機らがしばしば内奏しましたが、戦後の首相も内奏をやっている。
今の小泉純一郎もそうです。しかしその内容は、普通は絶対に漏れない。中にはばらして問題になった増原恵吉防衛庁長官みたいな人もいますけれども、原則として漏らしてはいけないことになっている。
四行略
内奏と言う習慣が残っていると言う事実は、象徴天皇は日本国憲法においては一切の権力は持ちえないことになっているが、実はそうでないことを示している。天皇自身が政治的な意思や意見を持っていて、
内奏の際に首相に伝えることで、首相に大きな影響を与えるようなこともあり得る。実際に佐藤などは
自分が天応に政治的責任を負っているかのような錯覚まで抱いていたようです。こうなると、いわゆる教科書的な象徴天皇とは相当違ったものにならざるを得ない。




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by a7617 | 2013-01-26 09:22

ものの見え方

遠くに自分のほうを見て笑っている人がいた場合、その人が好きな人の場合は
「何か楽しい話をしているようだ」と感じその人にニコニコしながら近づいていく。
または「何だろう?」と思うに立ち止まります。
当たり前ですよね、実際は何を話しているのか分から無いのですから、判断の
しようが無いわけです。

ところがその人が嫌いな場合「何か、自分の悪い話をしているのではないか」と
考えてしまうのです。
人が実際に言っているかどうか分からないことでも
「ひどいことを言っているのではないか」感じてしまうのです。
同じことなのに、先入観でこのように違って見えるのです。
このようなことは、こういう場合だけでなくさまざまに日常往々にしてありますね。

先入観を持って物事を判断するのがいかに危険な事か。





明治23年の電話帳ですが、1番が東京府議となっています、いまでいえば
さしずめ東京都庁という所でしょうかね。

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by a7617 | 2013-01-24 08:50

人の目と優越感

優越感とは自分が人より優れていると言う感情である。
しかしこの優越感とは自分があることで優越していると言う事を、他人が認めてくれなければ
成り立たない。

周りが「私の優れている事」を認めているのだろうかと言う不安が常にある。
つまり他人が自分の優越を確認してくれるのを必要とするのである。
したがって、優越感を持つ人に嘘をつく人が多い。
良く自信を持つと言う事と、優越感を持つと言う事を同じことと考える場合があるが全く違う。
自信とは自分自身との比較であり、自分で自分の能力や価値を信ずることである。
もちろん自信のある人だって触れてほしくない内面は在ろうからしたがって嘘をつくこともあるだろう。
相対的に見るなら自身のある人は嘘が少ない。

例えば自分が東京大学をでて、エリート官僚であると言う優越感を持っている人がいたとする。
彼はもし東大とかエリート官僚とか、そうした事を全く問題にしない人たちの間に入ったら「俺は東大出のエリート官僚だぞ」と威張りだすか不愉快なってその場から離れるか、あるいは無理してそこに残るか、いずれにしても心はきわめて不愉快な事であろう。

優越感を持っている人は、自分が優越であることを他人が認めてもらなければならないのである。
そしてそのことが席次とか挨拶の順序とか、はっきりとした形に表されることを望んでいる。
他人に嫌われることの一つに優越感の誇示がある。
心の底で自分に自信がないから、他人に対して自信があるように振る舞うから嫌われるのである。
素直に自分の自信のなさを表現すればいいのである。



こういう電話機もあったのですね。
いまでもありそうですね。・

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by a7617 | 2013-01-22 16:25

ていぱーく

ていぱーく(逓信総合博物館)で原田泰司展が行われているので見てきました。
私も人に教えられて知りました


展示会場は撮影禁止ですが、画像がここに出ています。

郵便に関して先日「するめに切手を貼って投函したら届けてくれた」という話を聞きましたが
この話は本当でしょうかね。

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私の持っている切手シートです。
原田さんはこの原画を書いています、この画も展示されていました。

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特別展以外にも、おもしろい展示物があります。

公衆電話、右端のものは覚えていますがあとは記憶にありません。

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この電話機、使ったね~~

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正面玄関こんな物が有りました、何かなと思って見に行きましたら郵便ポストでした。
万国郵便連合加盟100年記念。
1877-1977 と書いてありました。

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by a7617 | 2013-01-21 09:40

阪神淡路大震災から18年

18年前、あの日の事は今でも強烈な印象を持って思い出す。
朝起きてテレビのニュウスを見たら、関西で大地震があったとの報道だった。
各地の震源地の映像があったが私の会社の工場がある彦根が震度4でしたのであまり大事になって居ないのかな、と感じました。
今思い出してもその時気になったのは神戸の震度が出ていなくて赤×印になっていたのをなんだろう理解できなかったのを思い出します。

当時いつも行っていた朝のラジオ体操の放送が中止になりました。
長い事ラジオ体操をしていましたが、中止になったのは、私は初めて経験しました。
なお当時の日記を見たら大相撲も中止になりました。
この段階でも「大した事は無いだろう」と思っていました。

何時もの通り会社に出かけて通常の業務を遣っているうちに、辺りの雰囲気がおかしくなってきました。
どうしたのだろうとテレビを見たらなんと、考えられないような映像が放映されていました。
初め高速道路が倒壊している画像が何なのか、理解できませんでしたが判ってまたびっくり。
100.200、300、刻々と増えてくる死者の人数。

この時、私の職場にベトナムからの研修生が来ていまして、「お国地震は?と聞きましたら」
わ「我が国に地震はありません」と言っておられました。

あの日から18年経ちました、我々の世代ではあのような不幸な災害はもうないだろうと思って
いましたらまた起こってしまいました。

当然、あの年に生まれてた孫は今年18歳になります。



東日本大震災の警察発表、現在の被害状況。

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by a7617 | 2013-01-17 10:23