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川崎宿歴史散策

旧東海道川崎宿散策 と 奈良茶飯の会 2

京浜急行の前身「大師電気鉄道」の始発駅「六郷橋」駅の名残です。
上は国道の六郷鉄橋です。場所は現在の港町駅の直前です
こんな遺跡が残っていたのですね、吃驚しました。
どうして川崎中心部が始発にならなかったというと、電車を町の中心部まで引くと人力車が失業してしまうために始発駅をこんなところにしたらしいです。
また記録によれば人力車と電車の連絡切符もあったそうです。
川崎市民でも、京急の大師線がこのようなところを通っているのを知らない人が多く
一緒に行った皆さんは「こんなところを電車が通っている!!」と驚いていました。
写真は六郷川下流方向から見てます、前方が川崎方向、
手前が大師方向で右手がすぐの川です。

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川崎南部では有名な「稲毛神社」
「棟方志功」の画がありました
此れにも驚きましたが、宮司さんのご説明によれば氏子の「福島さん」と棟方さんは
同じ「鍛冶屋」の出身であるきっかけで、意気投合。
その後福島さんの子孫がこの絵を神社に寄贈したそうです。
凄いね~~~
私ら貧乏人だったら絶対に手放さないね。

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JRの川崎駅からさいか屋前を通って海の方向に向かっていく「新川通り」です
途中にコトロ橋というバス停があります。
新川通りというからここには「新川」という川がありました。
この場所が旧東海道と新川が交わっていたところです。
今は全く昔の面影はありません。
ちなみにこの下流(右手)には「新川橋」「皐月橋」という地名が残って居ますが
いずれも名前の通り昔は橋が架かっていました。

この写真の左手白い工事中の塀の左側が旧東海道です。
左側が六郷川、東京方面で右側が横濱、京都方面です。

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現在のバス停の小土呂(コトロ)橋に置いてある遺跡、欄干の親柱。
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稲毛神社に置いてある小土呂橋の遺跡、この石の橋が新川橋にかけられていました。
幅は一メートル半くらいの狭いものです。
昭和の初めまでかかっていたものですが、意外と狭いもので驚きました。
これでは人の行き来もやっとではなかったかな。

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これが今回いただいた「奈良茶飯」本物はここに出ています。

今、川崎市の小学校で給食に奈良茶飯を出すそうですが、評判は良くないと
聞きました。

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by a7617 | 2011-10-31 16:04

川崎宿歴史散策

旧東海道川崎宿散策 と 奈良茶飯の会

こんなものに行ってきました。
見どころはたくさんありましたが、私がびっくりしたやら、感心したものを
順次お見せいたします。

川崎市役所につりつけられた巨大なハローウインの飾り。

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安藤広重の浮世絵で有名な六郷の渡し。
マサに隔世の感がありますね。

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明治天皇が東京にお遷りに為られる時にここをを渡ったという
記念碑がたっています。
右側の銀色に光っているレリーフは渡河の様子を書いてあるもので
船を使った浮橋をお渡りになられたといわれています。

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画面の右側が下流です、対岸は大田区の羽田、六郷です
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京浜第二国道(15号)の道路わきに
言われなければ気が付かないような小さなお寺がある。
そのお寺に庚申塔があり川崎で一番古い「石造り鉢型香炉」がありました。
1688年(貞享ジョウキョウ5年)の銘があり、
川崎市の「重要郷土資料」に指定されています。

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直径が30Cmほどのものです。
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by a7617 | 2011-10-30 12:42

臆病

人間の性格の中に「臆病」と言う物がある。
程度の差はあれ誰にもあるが、程度問題であろう。

これは生理現象であるから思考よりも肉体的な反応が先に立つ。
何か事が起こった時に、ほかの人も怖いのだから行動を共にしようとは考えない。
根幹は連帯感情の欠如である。
何事につけても引っ込み思案となり、進んで事をなす積極性がない。
話し合いなどで、自己表現の意欲に乏しくほとんどの場合無言となる。
臆病ものが珍しく、どうするかの意見を言うときは必ず「止めておこう」と
無為な方向に引っ張りその結論に至るまであらゆる屁理屈を並べる。
何事もせずに済ませるために細心な自己説得をする。
そういう臆病者が仲間にいると、害にこそなるが、益にはならない。


展示会のブースですが
みなさんの声(ご意見)をおきかせくださいと言ってました。
これだけ大きい耳だと何も言えなくなっちゃうよ。

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by a7617 | 2011-10-28 16:53

与えると言うこと

人間には二通りの人が居る。
与えることを喜ぶ人と、与えることは貧しくなることと感じる人である。
私はこの事は、生産的な性格の人と、非生産的な性格の人であると考えている。
非生産的な性格の人は与えることを辛いと感じるのである。
例え相手が自分の子どもであってもで、ある。
成熟した人間は友人や恋人の世話をすること、そのことに喜びを感じているのである。
つまり与えているのだけれど、相手から与えられているのである。
相手のために相手の事をしながらそれが嬉しいと感じるのである。

貴方が友人や恋人や社会のために何かをして自分が犠牲になったように感じるのなら
何かをしないほうが良い。
そんな人に何かをしてもらっても、相手は負担に感じるだけである。
私たちは人のために何かをすることで「自分の生きている意味を感じとれる」のである。
単純に自然に何かをする時、他人のためにも自分のためにもなっているのである。
判りやすく言えばこのたびの大震災の被災者に対する“ボランティア”などがそうである。




蜘蛛の巣に付いた水滴。

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by a7617 | 2011-10-27 17:00

虹という字

漢字とは大方、偏とツクリでできていて其の偏とその文字の意味にはつながりが
在るのは知っていますよね。
例えば「サンズイ」海、渇、河、湿、涼、・・・・・・・・・・
大体が水に関係のある文字ですよね。
ところが偏と文字の意味がつながりのわかりにくい文字がありますよね。

私はこの「虹」言う字が前から不思議でしょうがなかったのです。
あの空にかかる美しい虹と虫の関係がどうしても理解できませんでした。
いろいろ探したら出ていましたよ。
あの虹と結びつく「虫」は実は昆虫の虫ではなく「蛇」のことだったのです。
蛇といってもアオダイショウやヤマカガシではなく、想像上の動物
「竜」のことだそうです。
竜は普段海や大地に潜んでじっとしていますが、時が来れば雷雲を呼んで空に
昇るといわれています。
雷鳴を伴った激しいにわか雨の後、空にかかった大きな虹を見て古代の人は
それを空に上った竜の姿にたとえたそうです。
それで虹には蛇(竜)をあらわす意味の虫偏が対いているそうです。

なお、
広辞苑によれば『「竜」は蛇を神格化したもので大海や大地に住んでいて
雲や、雨を自在に支配する力を持つといわれています』、
と出ています。


最近の自動車用のラジオアンテナです、長さは15~20Cmくらいで
最近新しい車の屋根を見てください、付いていますよ。
私のように古い車は前方フロントのわきに「アンテナ」って感じで
1mくらいの棒が出ています。

技術の進歩は計り知れませんね。

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by a7617 | 2011-10-26 16:56

思い出まくら



名曲ですね、私の友人でにこの歌が好きな人がいます。

歌詞、女心を切々と歌っているのが皆さんの共感を受けるのかな。

こんな日は 少しだけ お酒を飲んで
あの人が 好きだった、歌を歌うわ
ゆらゆらと酔ったら 腕に抱かれて
かみなんか 撫でれれて 眠りたい

今の若者が歌う歌にない良さがあります。
小坂恭子さん、いまどうしているのでしょうかね。

ところでこの歌がポーランド民謡の「春が読んでいる」に似ているとか。
聞いてみるとう~ん、似ているかな。



散策に行った時、拾った石。
綺麗に丸くなっていましたので持ってきました。

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by a7617 | 2011-10-25 05:42

良い人

あなたから見て、本当にいい人とはどんな人でしょうか。
優しい人ですか
悪口を言わない人ですか
傷つけない人ですか
損をさせない人ですか
本当に仁徳のある人とはそういう人でしょうか。
人が「あの人はいい人だ」と言うときいろんな意味での自分中心の損得、または好悪が基準になっている場合が多い。
自分に都合の良い人をいい人と言う場合が多い。
そうだろうか、時には厳しく言ってくれたりすれば信用できる人なら自ら反省の材料を頂くことになる。
もっと言えば成長しあう人間関係こそが「良い人」であると言えないだろうか。


横濱らしいマンホールのふた。

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by a7617 | 2011-10-24 20:20

理解はするが納得できない

大きな悩みや、問題を抱えているときに思いつめ考えあぐねて、誰かに聞いてほしいと思う。
その時は多分「こうするしかない」とほぼ自分でも感づいているのです。
ただ踏ん切りがつかず、誰かに聞いてもらい「そうだね」と背中を押してもらいたいのです。
大事なことをポツリポツリと話してみる。
相手が調子よく「わかる、わかる」などと返されると「そんな簡単に判られてたまるか」と思ってしまう。
この事は仲間内の揉め事などの話し合いの場合にも良く感じる事である。
聞いてもらう側には判られるにそれなりの理屈があるのである。
この事は聞く側にも起こる。
「言っていることはわかるが、わかりたくない」というこだわりとか意地のようなものが頭に浮かぶ。
わかると言う事は二つの意味があるのである。
そのことは理屈ではわかる、ツマリ理解する。
もう一つは理屈では割り切れるが納得できない。
「理解はできるけれど、納得できない」と言う事である。
「頭では分かっているが、行動できない」と言う事である。


横濱税関に展示されている「御禁制」の象(エレファント)の足で作った腰掛。

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by a7617 | 2011-10-23 09:54

川越祭り

天気が思わしくありませんでしたが思い切って行ってきました。
幸い朝のうちで雨も上がり、楽しんできました。
同行していただいた、案内をしていただいたお仲間の皆さん有り難う。

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喜多院の庭の景色をワイドにしてみました。

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by a7617 | 2011-10-22 09:30

あきらめ

誰かが
「老年の悲劇は、かれが老いていると言うところになく
まだ若いと思っているところにある」といった。
これは実にきつい言い方だね、ドキッとしたね。
しかしそんな事は重々承知していると言いたいし、いずれにしても
誰でもいやおうなしに年をとります。
私だけでなく友人など、「年をとったと言う気がしないよね!!」
口をそろえて言う。
誰でも、年をとるということは真理などと言う以前に自明普遍の事であって
誰しもそれを承知で生きているのに、イザ何かのきっかけで自分が紛れもなく
老いたと、覚ると周章狼狽愕然としてあわてて取り乱してしまうのが人間なのです。
しかし、それはあくまで相対的な認識であって比べる相手が自分とまったく同年齢
ということは少なく、往々にして自分より若い相手を比較の対象に据えて、年齢の差は
判っているのになおかつ相手と自分を比較して焦っているのです。

誰にとっても「老い」というのは人生のある局面では決定的な「動機」
に為るのです。
私や友人が大好きだったことを止めたり、もっと軽いほうに向かったのは
それをやり続ければ、命にかかわる事もあるし、少なくも世間に迷惑をかける事を
恐れはじめたからである。


           

           金木犀
          昭和記念公園

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by a7617 | 2011-10-20 16:14