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偉そうに言うな

テレビの報道番組を見ていると「専門家」でないのに何を勘違いしたのか専門外の事を
「偉そうに」べらべらと口を出す人たちがいる。
単にテニスができるだけの男とか、単に料理がうまいだけの男とか、さらには単なる落語家であるとか
テレビに登場してきて人生万端、国際情勢、はては国会批判をとうとうと意見を述べる。
彼らは専門外の事にべらべら口を出すべきでないと思う。
それを人生の達人のごとく振る舞いに出る。
単なる写真家や、単なる歌手や、はたまた俳優がテレビに出て大事故や、残酷な少年犯罪について喋り散らす。
私は大事件や、犯罪者の心理などを「専門家」の意見を聞きたいのである。
何も判らずに「的外れ」な事を言うな。
根本的にはそういう連中を「コメンテーター」として出演させるテレビ局もどうかと思う。



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by a7617 | 2011-06-30 18:18

田上等

先日のテレビの放送でこんな人生もあるのかと言うような番組が放映された。
ご覧になった方も多いと思います。

6月9日放送 4:55 - 8:00 
テレビ朝日やじうまテレビ!〜マルごと生活情報局

菅総理の元盟友で、現在古本を拾い集めながら暮らすホームレス生活をしている田上等が「人間・政治家」について赤裸々に語った。二人の出会いは37年前で、当時から総理は指導者の風格があったと語った。
現在権力の座に執着していると批判される菅総理について総理の元盟友の田上等は、大会社の重役まで上り詰めた父に対し総理は忸怩たる思いを抱いていたことが理由だと語った。
スタジオでは菅総理の元盟友で、現在ホームレス生活をしている田上等の話について語った。

ひとりは現在、総理大臣、ひとりは、今、ホームレス。
対照的な二人の人生。
二人の男とは、ご存知、「菅 直人」と「田上 等」。
田上等は、慶応大学卒業で、仲人は菅総理大臣が務めた。
そして田上さんは東日本大震災の後、路上生活をしていた横浜から姿を消したと言う。

その後の情報によれば被災地でボランティア活動をしているとか。





バラの花ことば
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by a7617 | 2011-06-28 17:19

力道山の墓

力道山の墓
「力道山」・・・我々の世代の方、特に男はこの名前は忘れられませんね。
街頭テレビから生まれたヒーロですね。
記録を見ましたら昭和29年に蔵前の国技館で力道山・木村政彦対シャープ兄弟戦が行われてとあります。
黒タイツの姿の空手チョップで外人選手を叩きのめす、痛快だったね。
当時小学生だった私は近所のお宅の縁側に出してくれたテレビで観戦しました。
学校では男の子は「プロレスごっこ」を盛んにやったものだった。
その不死身の男があっけなく死んでしまった。
昭和38年の12月にニュー・ラテン・クォターでやくざとけんかして腹を刺されたことが
原因で亡くなった、39歳だった。

力道山刺殺事件


力道山の胸像は大田区の池上本門寺に在ります。
墓の周囲には力道山の後援者だった
「大野伴睦」
「児玉誉士夫」の墓もある。
墓は名所になっていて広い境内のあちこちに場所示す案内板がある。


左側の力道山の碑の文字は児玉誉士夫さんの揮ごうです。
とても力強い文字ですね。
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良いお顔をしていますね
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大野伴睦さんは虎が好きだと聞きました。
奥様と同じ墓に入っています。
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児玉誉士夫さんも力道山の碑の揮ごうをしています。
お二人は信頼し合っていたのでしょうね。
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このような案内板はいたるところにあります。
尋ねる方が多いのでしょうね。

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by a7617 | 2011-06-27 16:48

一言

われわれにとって怠惰ほど有害で致命的な習慣はない。
  にもかかわらず、これほど身につきやすく、断ちがたい習慣もない。
           ジョン・トッド
           
           『自分を鍛える』


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by a7617 | 2011-06-26 09:07

再び 悪口のこと

ある集まりが終わって雑談になったとき、その場に居ない人のうわさ話になった。
このうわさ話というのは、聞き様によって悪口になる。
言いたいことを言って、品位を下げるのもどうかと思いますがせっかく湧いて来た
思いなんですから自由に表現しても良いのかなと思った。
悪口と言う物は、言ったり言われたりするから「人生ドラマ」が面白おかしく
展開するのではないのでしょうか。

だいたい悪口というものは以外と思うかもしれないが仲の良い者同士が
言い合っているものなのです。
本当に嫌な奴の悪口などは相手に伝わるような人には言わないものです。
そして「悪口を言っていたよ」と告げ口する奴はそれなりの魂胆があるのだから
そちらの方に気をつけた方がいい。





とても貧乏人の私らには手の出ない値段です。
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by a7617 | 2011-06-25 09:04

馬篭の文士村

大森駅前の天祖神社へと、続く階段を上り踊り場の脇に「馬込文士村の住人」と題した銅版のレリーフがある。
私が知っている作家は尾崎士郎、宇野千代、川端康成、荻原朔太郎らで、かってこの地で暮らした四十二人の顔が浮き彫りになっていて此の顔は誰かなと見ると面白い。

その文士村を散策していたとき外人(フランス人)に「三島の家はどこか」と聞かれた。
判らないと言うとどこかに去って行ったがしばらくするとその外人が「三島の家が判った」と我々に
教えに来た。
この外人はフランスからわざわざこの三島由紀夫の家を見に来たと言う、全くびっくりした。

興味を持って「三島由紀夫」の家を見に行ってきた。

馬込には戦後も多くの作家が住んだが、その一人が「三島由紀夫」である。
ビクトリア王朝風の邸宅であった。
表札は「三島由紀夫」となっており、フェンス越しにかろうじて大理石らしいアポロ像が見えた。
私は若い時三島の小説が好きでずいぶん読みました。特に人間の輪廻転生を描いた四部作
「豊饒の海」に感銘を受けたが、文章の綺麗なことは他の作家にはないと思う。
真偽は定かではないが生きていれば「川端康成」をおいてノーベル文学賞を取ったと言われている。

1970年(昭和45年)11月25日午前10時過ぎ、三島はこの自宅で「新潮」の編集者に渡す
「豊饒の海」四部作最後の原稿140枚を手伝いの女性に託して、「盾の会」のメンバー4人と車に乗り込み陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に向かった・・・・・そこで割腹自殺を遂げた。



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この表札とは別に「平岡」という表札もありました。
「平岡公威」とは三島由紀夫さんの本名。
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by a7617 | 2011-06-23 13:14

東日本大震災

あの大震災からすでに100日以上の時間が過ぎた。

百箇日法要とは

千年に一度の大地震、大津波だと言う。
鴨長明の「方丈記」の一節にこのように出ている。 

いまわれわれはその「方丈記」や「平家物語」の時代を生きているのではないかと言う思うくらいです。
それにしても今度の災害の悲惨さと大勢の犠牲者と自然の猛威を思えば我々はただただ、涙ぐむしかない。
亡くなられた人々、一人ひとりの魂がどうか安らかにと祈らずにはいられない。
今度の災害で亡くなった方、助かった方の偶然を説明できるものなどいない。
そこには人生の無常と言う動かしがたい原理があるのである。
亡くなった方への無限の同情と涙。
我々は偶然と必然の間を行き来しながら日々暮らしている。

いま進行中の「原発の危機」を見ていても我々は驕り切っていたかもしれない。
核分裂という、エネルギーは人間が制御できないエネルギーなのではないかと考えてしまう。


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by a7617 | 2011-06-21 18:46

第3回「がん支えあいの日」記念フォーラム

縁があり「第3回「がん支えあいの日」記念フォーラムに参加してきました。
主催は「キャンサーリボン」で今年のフォーラムのテーマは「暮らす・働く」です。

主催者の言葉
現在癌の治療は入院から通院でおこなわれることが普通になり、日々の暮らしや仕事をしながら治療を受ける患者さんがおおくなりました。
その上、癌に羅患される方はますます多くなっています。
すでに女性は三人に一人、男性は二人に一人は癌に罹ると言われています。
日常生活上の不便、困難、また就労やその継続の問題などを自分やあるいは周囲の方々と解決しなければならない場面が増えてきています。
生活を少しでも快適にするためのセルフケアについてのセミナー、「暮らす・働く」をよりよく実現するための経験や知恵を共有するためのトークセクションを行います。

パネリスト    小西博之 俳優 癌体験者
          坪井正博 神奈川県立がんセンター呼吸器外科医長
          荒木洋子 キャンサーリボン理事
          田中登美 大阪府立大学看護学部講師
コーディネータ  岡山慶子キャンサーリボン 副理事

各パネリストの方々のお話で感じたところ。

癌になってみて生きていたことに気が付いた、
朝起きた時に今日も生きていると口に出して言ってみよう。
何しろテンションをあげる。病院で昼間何故パジャマを着ているのか、パジャマは寝る時着るものだ。
癌に罹った本人は、家族や友人たちが、いかに心配して心を痛めているか自覚してほしい。
癌の治療をして寝たきりになってしまってはダメ、社会復帰して初めて治療が成功したと言える。
癌にかかってしまったら、体を動かす。静かにしていない。
癌の治療は体を動かして体力をつけることが大事で、体力があれば抗がん剤も良く効く。
家族、周りは「癌にかかったのだから仕事を辞めろ」とは言ってはならない。
社会復帰させるように働きかける。
社会が高齢化して労働力が足りなく成って来ている時にがん患者も貴重な労働力です。
100%の力を出せなくても良い、30%でも十分。
等のお話がありました。

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田中邦子さん率いるスター混成合唱団の唄とトーク。
中央が音無美紀子さんその左が田中邦子さん

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田中さんも乳がんにかかり、手術後もう五年。すっかり元気になられました。
田中さんのトークで大笑いしました。

左後ろは、音無美紀子さん、音無さんも三十八歳の時がんにかかり今では元気に復帰されています。
良く健康食品のコマーシャルで出ていますね。

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by a7617 | 2011-06-19 10:29

はは

小さいとき髪をといてくれるのも、
   ほかの人がすると痛いが、母親だと痛くなかった。
   ここに自然な無理のない母の愛がある。
   ─ 新渡戸 稲造 ─          (教育者)




見学に行った「小石川・後楽園」の中にありました。
日本初めての本格的上水道であった、神田上水の源水が水戸屋敷から出ていたことがわかりますね。
神田上水のあと。
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by a7617 | 2011-06-18 07:59

腹が立つ

最近のホテルの朝食は「バイキング」方式が多く成ったが、以前よく見たことだが団体で山に行き
小さい旅館だと朝食は大広間でメンバー全員がいっぺんに摂らされることがある。
ここで良く腹の立つことがある。
先ず「朝食は7時から」と言っているのに30分以上前に大広間の前に来てガヤガヤとうるさい。
それだけならまだ許せるが、先に席に着いたものが、隣の人と一つか二つあけてすわるのである。
旅館側は当然人数分しかテーブルに朝食を並べないから、後から座ろうとした3人連れ、四人連れが
仲間と座って食事をとれないのです。
お分かりのように、食事と言う者は仲間と「昨日の山はね~~」などと話しながら摂るのが楽しみなのです。
ところが私たちと良く行くシニアの連中はいま言ったように、席を詰めずにあけて座るのです。
当然後から席に着くグループは、一人ぽつねんと食事を摂るようになり、不愉快なこと極まりなし。
なぜ後から来るグループのために席を詰めて座ろうとしないのでしょう。
此処にも今のシニア世代の自分勝手な一面が良く出ています。

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by a7617 | 2011-06-17 18:19