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再び幸せについて

再び幸せについて

大金持ちや権力者でも不幸だと感じている人はいますし、
貧乏人や病人でも幸福だと思っている人はいます。
結局、人生の幸せの感じ方考え方は、自己満足ということになるのだろうか。

つまり「幸福」「不幸」は、人間の意識の問題だと思うのですが。
それだから人は、自分のまわりの世界とのかかわりのなかで、「幸福」「不幸」を意識するわけです。
同じ条件のなかにあっても、それをどう認識するかには、それぞれの人に差がありますから、
他人が何かの基準をつくって、これを上回っているから幸福、到達していないから不幸などと判断することはできない事になります。
本人の意識と無関係に幸福・不幸を決めることはできないのです。
そういう考え方から言えば、幸福とは「自己満足」という考え方になってしまいます。

しかし、本当にそうでしょうか。
私はその「自己満足」が現実と切り離され、たんに主観的なもの、頭のなかで考えただけのものになると、誤りにおちいると思います。
よく言われているように「自分の心の持ちかたしだいで幸福になれる」という考え方は、
その人の社会的なあり方や生活の実態と幸福とを切り離してしまいます。
よくあるゴミ屋敷の住人などが判りやすい例えだと思いますが。
(ま-彼らが自分を幸せだと感じているかどうかは疑問なところはありますが)

現実と心のあり方や認識とを切り離すと、意識の外にある現実の世界への積極的な働きかけが失われることになります、より幸せになろうと努力しなくなります。
どんな悲惨な生活をしていても、「俺はこれで良いのだ、幸せなのだと意識を変えて現実を承認する」ことになってしまいます。
これでは自分を見失っているとしか思えません、「裸の王様」でしょう。


回向院ですここを見てね。
明治42年に両国国技館が完成するまでは此処で大相撲が行われていました。

山門です、この写真では解りませんが、広い大通りに面しています。
d0031171_10111948.jpg


土俵の跡を解りやすくしてありますが、今はマンションの駐輪場になっていました。
都会らしくて良いね~

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by a7617 | 2010-01-31 10:02

本を読むと言うこと、人の話を聞くと言うこと

本を読むということ、人の話を聞くと言うこと。

私たちは、自分で実際に体験したことはよくわかる。
自分と同じ体験をしている他人の感情の状態は、自分の体験からおしはかって理解する事しか出来ない。
けれども、残念ながら自分で体験できる行動の範囲はたかが知れている。
私たちの人生はただ一回だけのものであり、何通りもの生きかたをすることはできない。
小説には、自分と違った生きかたをする人間が大勢登場する。
彼らは小説の中で、戦いをし、殺人をし、恋をし、
セックスをし、悩み、失恋をし、ときには自殺をする。

私たちのただ一回だけの人生では、とても経験できないような行動が描かれている。
小説を読むことは、小説に登場する人物の体験を間接的に体験することである。
実際の体験にくらべれば、その印象や感銘は格段にうすいものであろう。
けれども、全然知らないよりは、間接的であっても知っておいたほうがよいと思う。

よく本や、小説まったく読まないという人がいる。
たしかに、小説を読んだから金がもうかるというものではないし。
仕事ができ、出世ができるというものでもない。
考えようによってはなんのとくのもならない。
しかし本を読まないからと言って、その人の人格が下がると言うことではない。
人の生き方はそれぞれだから。


秋葉原~人形町にかけてこういうお店が沢山あります。
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by a7617 | 2010-01-25 15:15

カーネーション

カーネーション

ワードで作って、JPG に変換して貼り付けました。

昨日のは画面が荒れていましたので、変換を変えてみました。
このほうがやや、きれいに見えます。
ワードの原画は素晴らしく??きれいです。
もう一工夫かな。

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by a7617 | 2010-01-18 21:29

鹿を指して馬となす

鹿を指して馬と為す

中国「史記」秦始皇本紀にある。
鹿を指して馬だと言い張るように、明らかに理屈に合わないようなことを、
無理やり押し通すこと。

中国秦代の末期において、皇帝の死後、趙高という宦官(かんがん)が権勢を振るった。
自分の権勢がどれくらいかを試すために、馬だと称して二世皇帝胡亥に鹿を献上した。
皇帝も鹿を馬と間違えるほどには抜けてなかったようで、
周囲のひとに「これは鹿だろ」と確認してみたが、
みんなその大臣の権威を恐れて「いやいやこれは馬ですよ」といって
まともに取り合わなかったという話。

連日寒いけれど良い天気が続きますね。
青空に夏みかんです。

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by a7617 | 2010-01-17 10:07

笑顔の素敵な人

笑顔の素敵な人

自分に対する好意に満ちた笑顔、赤ちゃんの清澄な目は美しい。
顔は人間の「生き様」が出るといわれる。
よく言われるのが「男は四十過ぎたら、てめーの顔に責任を持て」とか
「顔は二十歳までは親の責任、四十過ぎたら自分の責任」など言われている。

「あー こいつ苦労している顔だな」と言うように。
逆に人生の酸いも甘いも悟り出家した「△△△ ××」さん、のお顔のように。

私の友人はみな笑顔が素晴らしい。
見よう、考えようによっては「ノー天気」なのかもしれないが。
良い笑顔の持ち主は、肩書きの高さより、財産があるよりも、知識があるよりも
何かもっと魅力的なものを持っているように思います。

これからも笑顔を持って人に接していきたい(努力目標)。


ドイツ村に行ってきました。
此処に行ったのがずいぶん以前のような気がします。


此処の入場料金の設定は面白いことに車一台当り1000円に成っています。
つまり5人で一台で入ると一人200円になります、安い!!!
by a7617 | 2010-01-16 10:39

読めますか

読めますか 

当て字だそうです。

1、飲み過ぎて足元が覚束ない
2、不束ものですがお願いします
3、そんな箆棒な話、誰も信じない
4、正面にぶつかって勝てるわけない
5、態々出掛けたのに留守なんて…
6、腹癒に仕返ししてやろう
7、継ぎ接ぎだらけの服を着る
8、まんまと騙して北叟笑
9、小忠実にメールを送る
10、負けたら竹箆の罰ゲーム


私は 4,8,9,10が読めませんでした。

答えは次回

答え


1、おぼつか(ない) 2、ふつつか 3、べらぼう 4、まとも 5、わざわざ 
   6、はらいせ 7、つ(ぎ)は(ぎ) 8、ほくそえ(む) 9、こまめ 10、しっぺ

でした。
by a7617 | 2010-01-14 17:29

ボケ防止の歌


ボケ防止の歌と言うのが有りました。


ボケ防止の歌



大好きな「ニラ、レバ炒め定食」

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by a7617 | 2010-01-12 20:17

死んだらどうなるか

死んだらどうなるか

「死んだらどうなるか」という心配と不安は、人間の永遠の悩みでしょう。
自分自身を意識する存在としての人間の宿命といえます。
これにたいする答えは、根本的には二つ考えられます。
その一つが、死んだら「あの世」に行くという答えです、これは宗教の答えです。
あの世は地下にあるとも、天上にあるとも、さらには海の向こう
や山の彼方にあるとも、いろいろに考えられています。
最近、あの世は「霊界」と呼ばれています。
そして死んだ人は霊となって霊界に帰るのだそうです。
そして霊は霊界にしばらく滞在したのち、またこの世に戻ってくるのだそうです。
これが「生まれ変わり」輪廻転生です。
「この世」すなわち私たちが現に生きているこの感覚的世界とは別に、あの世が存在するとされます。
この考え方でいけば、私たちの魂は永遠に死ぬことなく、転生をくり返すわけです。
不老長寿(永遠の生命)の夢は達せられなかったとしても、魂という形で私は永遠に生きるのです。
確かにこう教えられるとうれしく救われた気になりますね。

もう一つの考え方は。
魂(心)は大脳の働きの結果ですから、肉体の死とともに塊も消えます。
したがって、魂が霊となってあの世に帰ることも、生まれ変わることもないという考え方です。

しかし           
霊が生まれ変わると言うことよりは、むしろ生を受けた事、しかも「人間として生まれてきた」
事を喜ぶべきでしょう。
私は命と言うものを伊勢神宮の「式年遷宮」にたとえて考えています。
私が死んでも子、孫、曾孫、玄孫・・・・・・・・と命は永遠に受け継がれていきます
つまり私の命は永遠に続いていくと思っています。
 
「死んでも魂が存続する」という考えは、基本的にはこの批の世の孤独な魂の苦悩のあらわれであり、せつない願望です。
また残された者の慰めです。
死んだ人の考えや願い(其れを魂と言うならば)が残された人の記憶のなかに生きつづけることはあります。
しかし、それを客観的にも死者の魂が存続しているのだと理解する事もまた難しいと思いますが。

大好きな黒ビール生、うまいぞー

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by a7617 | 2010-01-09 10:37

先のことは分からない

先のことは分からない

今年は2010年という区切の良い年ですが、さて10年前はどうし
ていたかな、そのまた先の10年前はどうしていたかな…と思い出してみた。
前の区切り良き年は、前年のコンピューターの2000年問題を思い出した。
ゼロが四つ並ぶからコンピューターが誤動作しやしないか?
最悪航空機が、落ちやしないか?と心配して確か大晦日、飛行機は飛ばなかったような気がした。
会社の○○工程のプログラムが誤動作しないか徹夜で待機していた。
結局「2000年間題」でトラブルは起きなかった、今思えば馬鹿みたいな笑い話である。

その10年前はどうかと言えば、1990年を迎えた時は日本中、
株と土地の値上がりで狂いたっていた。
近所のマンションの価格が毎月30万円づつ値上がりしていたのだから。
前年末の大納会で日経平均株価は史上最高値の3万8915円をつけた。
NTTの株でもうけて車を買った覚えがある。
今日(2010年1月6日)の日経平均株価が1万0690円程度ですから、まさに
目のくらむような株価だったのが分かる。

それが正月の大発会から地獄に落ちて行くような値下がりが始まった。
あの正月が日本経済の絶頂だったと、これも今だから分かることだ。
私の趣味の仲間が当時株の、先物取引をしていてなんと5千万円の借金を背負った。

それから五年後の1月17日の「阪神淡路大震災」とオーム真理教本部への強制捜査・・・
さて今年はどんな年になるか、また2020年はどんな年かな。
2020年・・生きてイネーか。


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by a7617 | 2010-01-06 14:16

まことにお気の毒

まことにお気の毒

今朝の経済新聞を読んでいたらまことにお気の毒な記事が載っていた。

「神社の鈴が落下、中2の男子重症」
このようなことが起きるとは誰が想像しました。

記事此処に出ています。

こういうのを、いわゆる「付いていない」と言うのかな。
お気の毒としか言いようがありません。


こんな饅頭が売っていました。
トラの手のひらと言うところが良いですね。

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by a7617 | 2010-01-04 17:44