日常のこと


by a7617

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリ

全体
感じた事
日々思う事
未分類

検索

訪問者数

since2011/10/22

以前の記事

2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月

フォロー中のブログ

エキサイトブログ向上委員会

最新のトラックバック

【予防効果はあるだろうが..
from ぱふぅ家のサイバー小物
シャガールの美術の魅力
from dezire_photo &..
雪山を背景にて北杜市と韮..
from dezire_photo &..

ライフログ

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

稲毛領主 稲毛三郎重成の足跡を辿る  2/2

「川崎市民アカデミー」 
講座川崎学まち歩きWS

一回目の街歩きは表題の通りです。



この講座(稲毛領主 稲毛三郎重成の足跡を辿る)は四回に別けて行われます。
(かわさき学の講座は全九回)

初回は「稲毛三郎重成の領地の城跡を巡る」です。
此れで二回目、稲毛三郎重成の足跡を辿るは終わります。



坂道を10分ほど登ると桝形山広場に着きました。
桝形城のこの門はもちろん当時のものではありません。
こういう形の冠木(かぶき)を渡した、屋根のない門を冠木門(かぶきもん)と言います。

d0031171_861828.jpg




桝形山頂上。
小山田有重の子稲毛三郎重成により築かれたと伝わる此処に桝形城が有りました。
枡形城は長尾神社から望遠した多摩丘陵の先端に位置し、
四方を断崖で囲まれた天然の要害の地です。

幾多の変遷を経て戦国時代以降は廃城となり、
現在、展望台が作られ生田緑地に公園として保存されている。

d0031171_8153768.jpg




桝形山展望台。

d0031171_8231150.jpg




展望台上から溝の口方向をみました。
この日は雨で展望が聞きません。
展望については前の写真「桝形山展望台」で見てください。

d0031171_827647.jpg




これは多摩川を前ににした城、砦のおおざっぱな配置図ですが
12世紀ころ、多摩川に限りませんが軍兵が川を渡るということは
今では想像もつかないほどの困難が伴わったと聞きました。
言い換えれば、大河と言うものが天然の防御線であったということです。

d0031171_8372626.jpg




桝形城公園を後にして廣福寺に着きました。

広福寺は枡形城址の北側のふもとにある寺院で、
その門には「稲毛領主菩提寺 稲毛館跡」と書かれた扁額が懸けられています。

寺地には、稲毛三郎重成の館跡ともいわれており、
本堂内には木造稲毛重成坐像(桃山時代作)が祀られているほか、
観音堂の裏には重成の墓といわれている五輪塔が伝えられています。

d0031171_8383442.jpg



d0031171_8441569.jpg




はっきりしたことは判りませんが、昔の門の上に架かっていた大きな天狗の面。

d0031171_8444715.jpg




稲毛三郎と妻元子(北条雅子の妹)の墓です。
屋根のある五輪塔が稲毛三郎の墓で、左の小さな塔が元子の墓。

d0031171_8461236.jpg




上の写真では元子の墓が見えにくいのでもう一枚貼ります。
左の石版と右の稲毛の三郎の墓の屋根の柱の間に在る小さな塔がそうです。

なお余談ですが稲毛の三郎の妻元子がなくなり稲毛の三郎が供養のために
相模川に橋を架けた。
現在の相模川から想像する大河に鎌倉時代に橋を架けたとは考えられない。


関東大震災で相模川周辺に液状化現象が起こり、
現在の馬入橋から1kmほど東に鎌倉期の橋脚が現われた。
小出川のある、新湘南バイパス茅ヶ崎西ICあたりである。

当時の相模川は支流がいくつも分かれており、
現在の小出川も、相模川なのか小出川なのか、
区別があいまいだったようだ。

その後の調査で稲毛氏が橋供養で橋を架けたのは、
現在の小出川であることがわかった。
橋脚跡が、ニトリ茅ヶ崎店の前に整備されている。

この橋供養の席上でさらなる不幸が起こった。
頼朝の乗った馬が暴走して頼朝は落馬。
その時の怪我がもとで翌年1月、頼朝はこの世を去る。
51歳の生涯だった。

またその時暴走した馬が相模川に飛び込んだために
この川を「馬入川」と呼ぶようになったという。

と言う様な伝承があるが正確なことはわからない。

d0031171_8491079.jpg




雨が降ったせいか綺麗ですね。

仏足石(ぶっそくせき)とは、釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象としたものですが、
古代インドでは像を造る習慣がなかったため、このような仏足石や菩提樹などを用いて、
釈迦やブッダを表現したといいます。

d0031171_961741.jpg




境内に咲いていました。
綺麗な西洋石楠花。

花期は4から6月くらいの常緑の低木です。
欧米で育成された園芸種などを総称して「セイヨウ(西洋)シャクナゲ」と呼びます。
西洋シャクナゲの日本原産のシャクナゲとは違うところは、
花がこのように大きく、花色もカラフルで数多くの品種があるということです。
とくに、花が枝の頂点にさく品種(頂生といいます)が特に美しくこのように
満開の時期は見事です。


d0031171_98539.jpg



d0031171_99371.jpg



お寺を見学してから、小田急向ヶ丘遊園駅にて解散。


此れで稲毛三郎重成の領地の城跡を巡るを終わります。

遅くなりましたが講師は町田ウオークガイドの会 近藤安雄氏です。
by a7617 | 2015-04-12 08:24